| 東京厳論(8)/「記憶」のレガシーはどう作られる/東京五輪、美化され得ない現実 「年配の人にとって、1964年の前回東京五輪は美化されすぎていたのではないかと思います。今回の大会を通じて痛感しました」 東京五輪の開催に深く関わった行政の職員の1人が漏らす。 「高度経済成長期で右肩上がりだった時代。自分の人生のいい頃と重ねていたのでしょう。日本もちょうど敗戦からの復興を遂げ、先進国の仲間入りをしようかという時でした。だから、五輪が全てをもたらしたかのように歪曲された記憶を持つ人が多かったのです。五輪は神聖で素晴らしい。何でも協力しないといけない。そんな思い込みにつながっていたのではないでしょうか」 ◆都政新報・電子版(http://www.tosei-d.com/)にご登録(有料)することで全文をお読みいただけます。
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